複数代表取締役制度は本当に必要か?
最近、企業の代表取締役が複数いる「複数代表取締役制度」を採用するケースが増えています。
一見すると柔軟で協調的な体制のようにも見えますが、私はこの制度に対して、強い違和感を持っています。
制度の表面だけをなぞって導入されることで、組織の重心がぶれ、責任の所在が曖昧になる。
結果的に、意思決定のスピードも、現場の納得感も失われていくのではないかと感じるのです。
◆なぜ複数代表が増えているのか?
企業が複数代表取締役制度を採用する背景には、さまざまな事情があります。
たとえば、事業承継の場面では、先代と後継者の両者が代表となり、段階的にバトンタッチする方法が選ばれることがあります。
スタートアップでは、共同創業者同士のバランスを保つため、「どちらかを代表にしない」という判断が取られることもあります。
また、大企業においては、国内外の事業を分担したり、多様な経営課題に対応するために、意図的に分権的な体制を敷いている場合もあります。
さらに、日本的な“メンツ”や社内政治的配慮から、対立を避けるために複数の代表が選ばれることもあるでしょう。
こうした背景には一定の理解はあります。しかし、制度としての選択が“感情”や“妥協”に引きずられていることも少なくないのです。
ここからは、私が強く伝えたい4つの論点を提示します
◆1.意思決定を分担したいなら、CxO制を導入すべき
「代表を2人にすれば、意見のバランスが取れる」「得意分野を分け合える」という意図で複数代表を採用する企業もあるでしょう。
しかし、そうした分担を本当に意識しているなら、CEOのもとにCOO・CFO・CTOなどのCxO制度を導入する方が、よほど合理的です。
こうすることで、責任の範囲を明確にしつつ、最終決定権を一本化できるので、組織の混乱を防ぐことができます。
◆2.ガバナンス強化が目的なら、監視体制を整えるべき
「1人の代表だと暴走するのでは」という懸念から、牽制の意味で2人の代表を立てるケースもあるようです。
ですが、それは制度設計の根本的な誤りです。
暴走を防ぐための仕組みは、執行者同士の監視ではなく、社外取締役や取締役会によるガバナンスによってこそ成立すべきです。
“代表が互いを監視する”という構図は、現場を混乱させ、組織文化を曇らせます。
◆3.事業承継が目的なら、期限を切って一本化すべき
先代と後継者が並んで代表に就く。これは一見、穏やかな移行策に見えます。
しかし、いつまで経っても代表が2人のままでは、後継者のリーダーシップは育たず、組織もどっちつかずの状態に陥ります。
移行期間を設けるのであれば、明確に期限を切り、段階的に一本化していく覚悟が必要です。
それを決めないまま、ただ「様子を見よう」とするのは、組織にとっての逃げでしかありません。
◆4.どうしても複数代表にするなら、役割を明確にすべき
複雑な事情でどうしても複数代表を採用する必要がある。
その判断を全面的に否定するつもりはありません。
ですが、その場合にはどちらが何を決め、どこまでの責任を持つのかを明文化することが絶対に必要です。
海外、特にドイツのように、定款や社内規定で決裁権や業務分担を厳格に記す例もあります。
「信頼で成り立っている」などという曖昧な前提に依存すれば、いずれ現場にひずみが出ます。
◆トップは1人、それが組織を強くする
私はこれまで、意思決定に際して同じ力関係を持つリーダーが複数存在する組織が、うまく機能している例を見たことがありません。
現場は必ず迷い、指示系統は混乱し、責任の所在があいまいになります。
そして何より、イノベーションは、1人のリーダーがリスクを引き受け、決断を下すときにしか生まれないのです。
複数代表取締役制度は、組織の「見た目」を整えるには便利かもしれません。
しかし、組織の中身を前に進めたいのなら、制度に頼る前に「誰が責任を持ち、誰が決めるのか」を明確にするべきです。
【用語に関する注記】
※本記事で使用している「複数代表取締役制度」という表現は、会社法における正式な制度名称ではありません。
会社法上は「複数の代表取締役を置くことができる」と規定されており、
それを便宜的に実務上「複数代表取締役制度」と呼んでいるものです。
制度の内容をわかりやすく説明するため、本記事ではこの表現を採用しています。
2025.5.14
甘夏ニキ