現場で感じた、イノベーションのジレンマの入り口──それは“変われた企業”の中で起きていた
◆ 現場で感じた違和感
過去に大きな構造変革を成し遂げ、業界内外から高く評価されている、とある大手企業があります。
この企業は、一時の危機から果敢な事業転換を経て生き残った、いわばイノベーションの成功者です。
経営書やビジネスメディアでも数多く取り上げられ、「変革に成功した企業」の代表例として語られることの多い存在です。
私は仕事柄、この企業の工場を訪れる機会がありました。
ところが、実際に見た現場の空気は、そうした華やかな語られ方とは少し異なるものでした。
非常に整然としており、規律も徹底されているのですが、そこにはどこか慎重さと静かな緊張感が漂っていました。
自由な発想や改善提案が自然と湧き上がるような雰囲気はあまり感じられず、むしろ「失敗できない」「枠から外れてはいけない」といった空気が流れているように思えたのです。
◆ なぜそう見えたのか
もちろん、私が見たのは企業の経営中枢ではなく、あくまで現場のオペレーション部門です。
このような現場では安定性と精度が重視されるため、チャレンジングな風土が目に見えて現れるとは限りません。
よって、この慎重さもある意味では当然のことなのかもしれません。
それでも私は、この「妙な硬さ」に引っかかりを覚えました。
というのも、この企業はかつて大胆な意思決定を重ね、時代の荒波を乗り越えてきたはずだからです。
それほどまでに挑戦を恐れなかった企業の現場が、なぜ今はこんなにも守りに入っているのか。
その背景に、何か構造的な問題が潜んでいるのではないかと感じずにはいられませんでした。
◆ 成功体験が組織を止める
そのとき、私の頭に浮かんだのが「イノベーションのジレンマ」という言葉です。
クレイトン・クリステンセンが提唱したこの理論は、
「過去にイノベーションに成功した企業」が、その成功体験に縛られることで次の変化に対応できなくなるというものです。
私はまさにそのジレンマの“入り口”を、目の当たりにしたのではないかと感じました。
一度大きな変革を成し遂げると、今度は「守らなければならない」という空気が組織に漂い始めます。
その空気は、自由な発想を萎縮させ、前例を踏襲する方向へと組織を静かに傾けていきます。
挑戦して成功した企業が、次は挑戦を恐れるようになる。
それこそが、イノベーションのジレンマの本質であり、私はその兆しを、現場の空気から肌で感じ取ったのです。
◆ 変われるうちに、変わり続けることを意識すべき
このジレンマは、気づかないうちに深く静かに進行します。
しかも、それが現場にまで浸透してしまったとき、企業は“次の破壊的変化”に立ち向かう柔軟性を失ってしまいます。
だからこそ私は、イノベーションのジレンマは構造的な意思決定の問題だけではなく、「空気の変化」として、文化として現場から始まるのだと考えています。
そしてその兆候に早く気づき、硬直化に手を打てるかどうかが、次のイノベーションの起点になるのではないでしょうか。
成功した企業こそ、「これでいいのか?」と問い続けること。
そして、「変わり続けること」を組織文化として根づかせること。
それができなければ、次の波に飲まれるのは、時間の問題かもしれません。
2025.5.22
甘夏ニキ