実質賃金減少で日本経済はダメになるのか?
――第1回:マクロで見る「実は大事なのは名目賃金」という視点
◆ 実質賃金“マイナス報道”の裏側
最近、「実質賃金が○か月連続でマイナス」という見出しを多く目にします。
実質賃金が上昇し、労働者が豊かさを実感できることこそが、本来あるべき経済の姿です。したがって、実質賃金の減少は当然ながら課題ですし、その改善を目指すことは重要です。
しかしながら、報道が実質賃金の数字だけに焦点を当てるあまり、背景にある構造や要因がほとんど語られていないことには、やや懸念を感じています。
◆ 実質賃金の主因は「為替」
実質賃金とは、名目賃金から物価変動の影響を差し引いた指標です。ここで重要なのが「物価」の中身です。最近の物価上昇は、主にエネルギーや食料など、海外からの輸入品の価格が上がったことによるものです。
この背景にあるのが「円安」です。日本は現在、アメリカとの金利差などを背景に円安基調が続いており、輸入価格が上がりやすい構造になっています。つまり、実質賃金が下がっている背景には、日本国内の構造的問題よりも、国際的な通貨市場という外部要因が大きく影響しているのです。
◆ 名目賃金は上昇している
その一方で、名目賃金は着実に伸びています。2024年度は前年比3%増、2025年に入ってからもプラスを維持しています。これは、企業が賃上げを実行しはじめていることの現れでもあり、労働市場において賃金上昇圧力が働いていることを示しています。
もちろん、物価の上昇がそれを上回っている状況では、家計の実感としては厳しさが残るのは事実です。それでも、名目賃金の持続的な上昇は、長らく続いたデフレ的傾向から、日本経済が転換期を迎えている兆しとも読み取ることができるのではないでしょうか。
あくまで「これでよい」という話ではありませんが、「すべてが悪いわけではない」という冷静な視点は持っておくべきだと考えています。
◆ 政策判断のジレンマ
では、実質賃金を改善していくために、日銀の金融政策がどのような影響を及ぼすのかを考えてみましょう。仮に日銀が今後、物価安定や金利の正常化といった目的から利上げに踏み切ることになれば、日米の金利差は縮まり、為替市場において円高方向に動く可能性があります。
為替が円高に振れれば、輸入価格の上昇が抑制され、実質賃金が改善する効果も期待されます。ただしここで問題となるのが、輸出産業の事情です。自動車や鉄鋼といった日本の基幹産業は、トランプ関税の影響も受けており、これに加えて円高が進行すれば、価格競争力が一層損なわれるおそれがあります。
実質賃金の改善と、輸出産業の競争力維持。このバランスの中で、日銀の政策判断は決して単純な選択では済まされない複雑なジレンマを抱えていると言えるでしょう。
◆まとめ:悲観も楽観もせず、事実と構造を冷静に見る
私が今回お伝えしたかったのは、「実質賃金が下がっているから日本はダメだ」と短絡的に考えてしまうことの危うさです。
実質賃金は確かに下がっています。これは見過ごせない事実です。
しかし、その原因の多くは円安という為替要因であり、国内の名目賃金は上がっているという事実もまた、見落としてはなりません。
重要なのは、これらを正しく理解したうえで、政策・企業経営・家計の選択を行うことだと思います。
次回は、企業や働く人々がこの状況をどう捉え、どんな行動を取るべきか──ミクロの視点から考えていきたいと思います。
2025.5.27
甘夏ニキ