研究開発の事業化における三つの障壁とその対応策、どこに力を入れるべきか?
「いい技術があるのに、なぜか事業化できない」。これは多くの技術者やベンチャー経営者が抱える共通の悩みです。研究開発に成功しても、それが製品やサービスとなり、世の中に受け入れられるまでの道のりは想像以上に険しいものです。
この険しさは、3つの障壁をデビルリバー、デスバレー、ダーウィンの海として可視化されることがあります。これらの比喩は、技術経営(MOT)の文脈や政策支援の現場で語られてきましたが、「それをどう乗り越えるか」という実践的な対応策は、あまり整理されていません。
そこで今回、この3つの障壁の本質と、それぞれに対する現実的な対応策を解説し、最後に「どこに最も力を入れるべきか」という視点まで深堀してみます。
◆ 三つの障壁とは何か?
● デビルリバー(魔の川)
技術とビジネスの間に横たわる“断絶の川”。研究段階で満足してしまい、事業の出口設計が甘いケースです。チームに経営人材がいない、顧客ニーズを知らない、そんな状態で製品化を目指すと、ここで多くの企業が足を取られます。
● デスバレー(死の谷)
製品化はできたが、資金が尽きる“死の谷”。売上が立つ前にキャッシュフローが追いつかず、撤退を余儀なくされる企業が最も多く脱落するポイントです。
● ダーウィンの海
ようやく市場に出ても、競争が激しくて淘汰されてしまう“自然選択の海”。顧客に選ばれず、他の製品に埋もれてしまう技術は枚挙にいとまがありません。
◆ 各障壁の具体的対応策
● デビルリバーを越えるには
デビルリバーとは、技術ができたあと、それを「売れる商品」に変えるまでの間にあるギャップです。ここを越えるには、まずその技術がどのような課題を誰のために解決するのかを明確にすることが大切です。
たとえば、専門家の間で「すごい技術だ」と評価されていても、ユーザーがその価値を感じなければ、商品として成立しません。
そのためには、実際に使いそうな顧客にインタビューしたり、小さな試作品を見せて意見をもらうことが有効です。さらに、研究者や技術者だけで事業を進めず、マーケティングや営業、経営経験のある人材と早めにチームを組むことも非常に重要です。技術と市場をつなぐ「橋」を最初から設計する意識が必要です。
● デスバレーを越えるには
デスバレーは、製品が完成して事業化しようとしたときに、売上が立つ前に資金が尽きてしまう危機的な時期を指します。この段階でつまずくスタートアップは非常に多く、まさに“死の谷”です。
この谷を越えるには、最初から完璧な製品を目指すのではなく、最低限の機能だけを備えた「試験版」を先に市場に出して反応を見ることが有効です(これを「最小限の製品」と呼びます)。
また、事業が軌道に乗る前でも資金が必要なので、国や自治体の補助金を活用したり、先に試作品を使ってもらうことで「実証実験契約(PoC契約)」を結ぶと、収入の種を早く確保できます。これは、顧客となる企業や自治体とあらかじめテスト導入を行い、その有効性を検証してもらう契約のことです。製品開発段階でも信頼と資金を得られる手段として非常に有効です。
さらに、初期段階から**「いつ、どのタイミングで追加の資金を調達するのか」**を計画し、資金ショートを起こさないように綿密な資金戦略を立てておくことも極めて重要です。
● ダーウィンの海を越えるには
ダーウィンの海は、製品が市場に出たあとに他社との競争にさらされ、生き残れるかどうかが問われる段階です。技術力や製品の完成度が高くても、他社との違いが分かりにくかったり、使いにくかったりすれば、顧客に選ばれません。
この海を越えるためには、まず製品を使う人の目線に立って、「使いやすさ」や「便利さ」を徹底的に磨くことが求められます。技術者の論理ではなく、**顧客の行動や感情を観察して設計する(ユーザー中心設計)姿勢が鍵です。
また、いきなり大きな市場に打って出るのではなく、特定のニーズが強い“ニッチな市場”に絞って製品を浸透させる戦略が効果的です。ここで小さな実績を積むことで、信頼を獲得し、口コミや紹介を通じて市場を広げることができます。
さらに、「この製品は○○が違う」と一言で伝わる“違い”を打ち出すこと(ポジショニング)**も重要です。競合と横並びになるのではなく、明確な個性を持たせることで選ばれやすくなります。
◆ どこに一番力を入れるべきか?
3つの障壁の中でも、デスバレーこそが最重要の突破ポイントです。
なぜなら、ここが「もっとも多くの企業が脱落する場所」であると同時に、「意図的に対策を講じやすい場所」でもあるからです。
PoC契約や補助金の活用、顧客の早期巻き込み、コスト管理など、実行可能な施策が具体的に存在します。加えて、ここを越えた企業には、次の資金調達・事業拡大・信用獲得のチャンスが大きく開けます。
まとめ
三つの障壁は、単なる比喩ではありません。多くの企業が実際にこの障壁に落ち、二度と浮かび上がれなかった現実があります。
だからこそ、最初から障壁を“見える化”し、それを越える戦略を持つことが、事業成功のカギとなります。 なかでもデスバレーは、最も深く、最も脱落率が高いがゆえに、最も戦略を集中すべき地点です。
2025.5.15
甘夏ニキ