日本のロボット戦略地図「すり合わせ」から「経験値データ」へ

◆ フィジカルAI時代の幕開け

AIとロボットの融合、すなわち「フィジカルAI」の時代が本格的に始まろうとしています。従来のデジタルAIとは異なり、現実世界で“動く”ことが求められるこの領域では、単に高性能なAIや優れたハードを持っているだけでは不十分です。重要なのは、AIとハードをいかに統合し、現実世界での“経験値データ”をいかに積み重ねられるか。この統合経験値こそが、新しい時代の競争力の源泉になります。

◆ 日本の強みは「すり合わせ」だった

日本のロボット技術は、モーター、減速機、センサーといった要素技術の精度、そしてそれらを高次元で統合する「すり合わせ」文化によって支えられてきました。ASIMOやHRPシリーズはその象徴であり、まさに“ハードの国”として世界に名を馳せてきました。

◆ AIとハードの融合「進化したすり合わせ」

ところが今、ロボットは自律化という次のフェーズに入りました。AIによって動き方そのものが変化する以上、もはや部品と部品の物理的な擦り合わせだけでは不十分です。そこで登場するのが「進化したすり合わせ」=高度統合設計力。これは、AIの制御ロジック、構造設計、現場での実装運用までを一体化して最適化する力であり、日本の多層的な設計文化と相性が良いとされています。このフェーズまでは、日本の強みが十分に活きる土俵があります。

◆ 「狭間の技術」と共進化モデル

しかし今、新たな地平が開かれようとしています。それが千葉工業大学・未来ロボット技術研究センター(fuRo)の古田貴之氏における共進化モデル「狭間の技術」です。これは、AIが構造と動作を同時に進化させる創発的アプローチです。ここではAIが「命令」ではなく「発見」によって動作を獲得します。つまり、仮想空間上での試行錯誤によって、AIとハードが共進化するのです。この領域では、人間の設計者が統合するという考え方すら不要になります。

◆ 「経験値データ」が覇権を決める

将来、設計すらAIが担う時代が訪れれば、設計技術や高度な統合力の差は小さくなっていきます。この段階では、設計センスや擦り合わせ力があったとしても、それ自体が差別化要因になりにくくなります。そのとき決定的な差を生むのは、どんな現実を、どれだけ体験したかという「経験値データ」の差です。とくに、狭間の技術である共進化型のロボットが積み重ねる統合経験値データは極めて模倣が困難であり、再現性が低く、唯一無二の資産になります。

◆ 日本の戦略的選択肢

技術そのものの模倣は時間が経てば可能になります。しかしどんな経験を積ませてきたかという記録、これは時間の先行者しか持ち得ない価値です。日本は、これまでのすり合わせ文化、高度統合設計、そして狭間の技術のような創発型ロボティクスを土台に、国家的なロボット育成環境を整備すべきです。農業、災害、介護、物流といった多様なフィールドでAI×ロボットを動かし、リアルな体験を蓄積し続ける。その差が5年後、10年後のAIの質として現れてきます。だからこそ日本は、「すり合わせ技術」と言う強みを「統合経験値の育成」という国家戦略に昇華させなければなりません。

2025.5.5
甘夏ニキ

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