トヨタのMIRAIから読み解く水素戦略

□FCVで狙う水素社会のレイヤーマスター

 ここまでお話ししてきましたが、トヨタが狙っているのは、ずばり水素社会のレイヤーマスターなのです。いきなり水素社会?レイヤーマスター?なんのこっちゃ?と思われるかもしれません。一つ一つ詳しく見ていきましょう。

 レイヤーマスターとは、ある産業内で特定の機能に特化することで競争優位を構築する企業のことです。おたくの、この部品がないと造れない、どうか売ってください。そんなことで、場合によっては買い手と売り手のパワーバランスが崩れ、甲乙関係でスーパー乙状態ができてしまいます。この構図、見覚えありませんか?そうです、中国のEV戦略です。これは中国メーカー製のバッテリーがなければEVができないのと同じです。「電池を制する者はEVを制する」中国もよく考えたものです。

 この中国がやったEV戦略をFCVでやろうとしているのがトヨタなのです。

 FCVの有用性は先に述べた通りですが、FCVは、EVほど簡単に製造できません。それはFCVには高度な技術を要する燃料電池システムを搭載しなければならないからです。燃料電池システムを採算性が取れるまで持っていくには相当な技術を必要とします。特に技術力を要するのは高圧水素タンクと、その水素で電気を作る燃料電池スタックです。高圧水素タンクはより軽く高強度に、燃料電池スタックはより小型で高出力に、しかもコストを抑えながら生産スピードを上げる必要があります。これをトヨタは、トヨタ系列サプライヤーとともに自主開発しました。トヨタはその課題をクリアして燃料電池システムを搭載したミライを市場に投入してきたのです。

 そしてミライで培った燃料電池システムは、そのままバスや大型トラックにも搭載できます。すでにトヨタ製の燃料電池バスは国内を走っていますし、日野の大型トラック、プロフィアにミライの燃料電池2基を搭載する計画もあります。さらに、船舶にもトヨタ製燃料電池を搭載する計画がフランスであります。

 ここまで輸送機器に燃料電池が使われだしたら、もはや化石燃料の時代は終わった、水素の時代だと思ってしまいそうです。さらに、ミライ発売の前日に、ある報道が出ます。政府が水素を2030年に主要燃料に!目標1000万トン、国内電力1割分、との報道です。

 もはやここまでくると出来レースなのではないかと勘繰ってしまいます。

 いづれにしてもトヨタは、水素社会においてトヨタの燃料電池システムがなければ成り立たない社会。水素社会のレイヤーマスターを狙っている気がしてならないのです。

□トヨタの怖さ

 さいごに、トヨタの戦略で恐ろしいのは、トヨタの全方位戦略です。これまでFCVによるレイヤーマスター構想をお話ししてきましたが、この他にも可能性があるもの全てに張れる、その体力が最も恐ろしいといえます。全く興味がなさそうなEVにも、投資していることが一つあります。次世代バッテリーと言われる全個体電池です。EVの肝はバッテリーですが、現在の主流はリチウムイオンバッテリーです。それが全個体電池に代われば、EVのサプライチェーンがひっくり返ります。そんな全個体電池搭載のEVが近々トヨタから発表されるとの噂もあり気になるところです。

 さらにトヨタは、CASE(ケース)の時代を見据えて今年から静岡県裾野市で都市づくりを始めます。ウーブンシティです。人とモビリティーとの関わりを研究する未来の実証都市です。自動運転を確立するうえでは、公道でのデータの収集、蓄積が欠かせません。しかし日本は、色々規制が厳しく公道試験が難しい。それなら、都市ごと造ってしまえ的なノリだったんでしょうか。トヨタの規模感には圧倒されます。

 ここまでやれるトヨタの体力は、売り上げに対しての利益率の高さから来ています。これは、世界首位を争うライバルのフォルクスワーゲンと比べると一目瞭然です。この利益率の高さはトヨタ生産方式と言われる“かんばん方式”にあります(かんばん方式を知りたい方はググって下さい、いくらでも出てきます)。そしてかんばん方式を支えているのがトヨタの系列サプライヤーなのです。だからこそトヨタはEVではなくFCVでトヨタ系列サプライヤーを守っていく義務を負っているのかもしれません。

  〈まとめ〉

  • 自動車はこれから売れなくなり、サービスを売る時代
  • トヨタは、モビリティとサービスを研究するため都市を造る
  • トヨタの全方位戦略を可能にしているのはライバルに勝る利益率
  • その、高収益を実現しているのは、トヨタかんばん方式と呼ばれる生産システム
  • その、トヨタかんばん方式を支えているのが、トヨタ系列サプライヤー
  • EVのみが主流となればトヨタ系列サプライヤーは淘汰される
  • FCVなら燃料電池システムの自主開発で、トヨタ系列サプライヤーに恩恵
  • 燃料電池システムが業界標準となれば、来る水素社会のレイヤーマスターを狙える

 今回の記事は、長丁場でしたが、それだけトヨタの戦略は一言では語れないということです。かなり割愛したんですがこのボリュームとなってしまいました。もはや本が一冊できそうな勢いです。あと、トヨタの戦略は筆者の考察で書いていますんで、参考程度にして下さい。トヨタ関係者の方、間違っていたらすいません。

 EV一辺倒の今、トヨタは色々言われていますが、私たちが思っている以上に、したたかで戦略的な企業です。だからこそ、トヨタを知れば知るほど日本企業のこれからのビジネスの方向性やあり方が見えてきます。ぜひトヨタを知ってください。参考になりますよ(・ω・)b

2021年1月4日

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