トヨタのMIRAIから読み解く水素戦略

□中国のEV戦略

 EVの有用性に早くから目を付けたのが中国です。中国メーカーはエンジンを一から造れるノウハウがありません。しかしEVであれば造れます。新興のスタートアップ企業でも部品を集めて組み立てればよいだけなのです。さらに中国が野心的なのはEVメーカーだけでなくEVの肝となるバッテリーメーカーを育て上げようとしているところです。中国メーカー製のバッテリーを使用したEVには補助金を出す、という制度を設けたのです。こうして中国ではリチウムイオンバッテリーメーカーが急成長しました。

□トヨタにとってのEV

 ここまで見てきましたが、はっきり言ってトヨタにEVの戦略はありません。

 なぜなら、トヨタにとってEV参入はあまり面白みがなく、むしろマイナス面が大きいからです。競争が激化しており、部品点数も少ないEVを主力に持ってきても、トヨタ自体は良くても、トヨタの下請け企業、系列サプライヤーは大規模な縮小を余儀なくされます。さらにEVの基幹部品のリチウムイオンバッテリーは中国勢に握られています。だからと言ってEVをやらない訳でもありません。理由は、中国市場の存在があるからです。これから自動車メーカーは、巨大な中国市場でいかに販売台数を伸ばすかで勝負が決まってきます。当然トヨタにとって中国市場は、成熟した北米市場に代わる新たな市場ですから、一定のシェアを維持していきたい重要な位置づけでしょう。

 ところが中国には、NEV(ネブ)規制という制度があります。NEV(ネブ)とはNew Energy Vehicle 新エネルギー車のことで具体的に、電気自動車(EV)、プラグインハイブリット(PHEV)、燃料電池車(FCV)のことです。NEV規制は、中国で自動車を3万台以上生産・輸入する企業に対し一定以上のNEVの販売台数を課すものです。こんな制度もあってトヨタは、中国でガソリン車を売るため、しょうがなくEVを売っているようなものです。しかも中国製のバッテリーを積んだEVを、です。

 トヨタはEV投資に消極的ですが、ハイブリット車で培った技術はEVでそのまま活かせるため、新しくEVの技術開発に投資する必要はなく、後出しじゃんけんでも十分との認識なのでしょう。そのせいでしょうか、EVのイメージがないトヨタではありますが、必要とあれば、なんの前触れもなく、そして躊躇なくEVを市場に投入してきます。この辺の体力は、さすがトヨタといえます。

出典:LEXUS、初のEV市販モデル「UX300e」を発売

□新型MIRAIにかける思い

 初代ミライは2014年12月に日本初の量産型燃料電池車(以下FCV)として誕生しました。それから6年の歳月を経て2020年12月9日に2代目が発売されました。初代は、見た目がプリウスっぽかったのですが、新型は後輪駆動の大型セダンとなり、スポーツサルーンを思わせる印象に一変しました。価格は710万~805万ですが、補助金でかなり安くはなります。航続距離は850㎞で水素容量は5.6㎏、水素価格が1,100円/kg程度ですので6,160円で850㎞走行できることになります。見た目だけでなく、質感、剛性、走りの良さなど、多くのモータージャーナリストから高い評価を得ており、レクサスLSを超えているとさえ言われています。

 ここまで本気で、トヨタがFCVであるミライに力を入れる理由は何なのでしょう。それは、FCVがEVの弱点を補完できるポテンシャルを持っているからです。EVはこれから爆発的に普及すると思われますが課題もあります。それは、EVは航続距離が短く、フル充電に30分~数時間を要するということです。その点FCVは水素を充填するだけで長距離を走れます。しかも充填時間は3~5分程度です。ガソリン車と同じ感覚です。特に長距離や長時間運転するトラック、バスなどの輸送車両においてはEVよりFCVの方が、圧倒的に利便性が高まります。もっと言うならば、国内の車両が全てEV化すると日本の電力供給量は足らなくなります。

 こういったことからも、これからの電動車はEVかFCVかではなく、どちらも共存する社会になると思います。短距離の街乗りはEV、長距離・商用車はFCVという風に。

 FCVの課題は水素ステーションなどの供給インフラの整備です。1基5億円といわれる水素ステーションの建設費用がネックとなっています。水素ステーションの数は2021年1月現在、全国150ヶ所程度で、今後も増える見込みはありますが、FCVの普及次第です。FCVが普及しないと水素ステーションは採算がとれません。でもFCVもまた水素ステーションが増えないと普及しない、なんとも、もどかしいものがあります。

 しかし、今回の新型ミライの登場で、確実にFCVの購入ユーザーが増えるでしょう。さらに、タイミングを合わせたかのように、クラウンの生産終了の話題までありますので、今後、ミライがクラウンのセグメント枠を埋めるかもしれません。

 新型ミライならば、一時期騒がれた公用車センチュリー問題もクリア出来そうです。センチュリーは価格が2,000万円まで上がり敷居が高くなりすぎました。大型セダンでありながら次世代エコカー、価格的にも官公庁や企業の社用車として導入しやすい、こういったところから販売台数が広がっていけば供給インフラの整備に弾みがつきそうです。ここはさすがトヨタのマーケティング戦略の高さをうかがえます。

 今後、EVやFCVの電動車は自動運転の技術向上で、ますます自動化が進むでしょう。現在の自動運転技術はレベル2~3と言われており、運転の支援はしてくれても、まだ運転の主体は人間です。レベル5の完全自動運転まではドライバーがいます。ドライバーがハンドルを握っている以上、走りを楽しみたい層は必ずいます。高級車・スポーツカーというカテゴリーの車造りは、パッと出のEVメーカーには無理です。今回の新型ミライには、そんな老舗自動車メーカーの意地が垣間見れます。

 次頁で「FCVで狙う水素社会のレイヤーマスター」を見ていきましょう!

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